<読者からのご質問>
- 上手くいっている人は、自分のビジョンや希望を持って生きている人が多いと思います。「自己否定」とおっしゃっていますが、そんなことを言っているから哲学が廃れたのではないでしょうか?
- 現に、哲学者たちの人生を知ると、精神を病んだり、自殺したり人も多いようで、決して「幸せ」そうには見えません。哲学を学んで、「幸せ」になれますか?
■ 塾長回答
哲学者のメンタルについて
ご指摘のとおり、確かに哲学者には自ら命を絶たれる方も多いようです。
でも、あなたはそのような哲学者ほど深く考えることはできませんので、哲学を学んでも精神を病んだり自殺したくなったりすることはありません。
その点はどうぞご心配なくされて下さい。
自己否定について
自己否定については、哲学においてとても大事なコンセプトで、否定というか「懐疑」を繰り返し、考え方を発展させてきました。
上手くいっている人のビジョンや希望は、多くの場合何らかの大きな否定を乗り越え、磨かれています。それを乗り越えられたからこそいま生き残っておられる。
否定に直面して折れてしまうようなビジョンでは、他者を巻き込み、感化することなど到底叶いません。
世の中、夢やビジョンや希望といった言葉が軽々しく語られすぎているように思いますね。
「哲学が廃れた」について
あと「そんなことをいっているから哲学が廃れたのではないか」との問題提起ですが、そのような「哲学はマーケティングに失敗した」みたいなプラグマティックな捉え方はいささか本質を外しているように思います。
哲学は真理を探究する学問であり、大衆に受け入れられるか否かといったレベルの議論ではありません。ゆえにそこには「好き嫌い」の入り込む余地はありません。
そういう意味では廃れたかどうかは答えかねるのですが、過去と比べて変質はしています。
いや、むしろ哲学は「一旦、死んだ」と表現するのが良いかもしれません。
このあたりは現代思想の醍醐味であり、是非、MBA本科で学んでいただければと思っています(9月以降に取り扱う予定です)
哲学を学んで幸せになれるか否か
「幸せ」を追求しても「幸せそのもの」にたどり着くことはできませんし、幸せになることはできません。これは、論理的に説明可能です(同じくMBAにて9月以降の取り扱いです)。
私達西洋哲学塾は、哲学を「真理を知ること」ではなく、生きるため、ビジネスで成功するための方法論として取り扱っていきます(幸せになることが目的ではありません。)
自分本位のちっぽけな思考ではなく、過去の天才達の思考の上に乗り、生きることはとても生産性が高いことです。
ビジネスという「他者貢献」に一心に取り組む過程で、何らか自分の人生に「よし」と思える瞬間があれば、その状況はどんなに辛くても、それは幸せなんだろうなと私は思います。
「幸せ」とは真夏の暑いグラウンドに吹く、一服のそよ風みたいなものかもしれませんね。